電灯
「分かった。 買いに行ってやる」
はぁぁ・・・と思わず深いため息が出た。
まったく何でこのオレがアイツのためにこんなことしてやらなくっちゃならないんだ。
考えるだけでも腹が立つったらありゃしない。 オレ達はツーマンセルを組んで、大陸中をノルマ探して旅をしている。
経費節減のため、普段は野営が基本だが、大きな街に来た時くらいは畳の上で寝たいとアイツが贅沢言うもんだから、今日は久しぶりに宿に泊まった。
アイツは本当に大食いで、宿の夕食だけじゃ足らないことは分かっていたんだが、夜食の出前を取ろうとしてたら・・・
アイツが折角布団の上で出来るんだからと、急に甘えてきやがるもんだから、ついつい・・・
一汗掻いてしまったじゃないかよ。
終わった途端に「腹減った」と言い出しやがって。 まったく可愛くねぇヤツ。
宿の主人に電話したら、もう出前の時間はとっくに終わってると言われて。
クソッ・・・ 何でオレが買い物に行かなくっちゃならないかと言うと、前にアイツに一人で買い物に行かせた時、持たせた金以上にたくさん買いこみやがって、こともあろうか、足りない分の担保にあの指輪を置いてきやがった。
オレは慌てて取り戻しに行ったんだ。
それ以来、アイツには一人で買い物に行かせていない。
通り一本向こうのコンビニまでひとっ走り出かけた。
アイツの欲しいものが汚い字で書かれたメモを持って、店内を探す。 何だよ。こんなもの食うのか? ガキみたいなお菓子ばっかじゃねぇか。 呆れながらも、一つ一つ探してやった。 それから、オレは自分用に酒とつまみを少し買って店を出た。
宿の近くまで来て、角を曲がり・・・
ふと前方を見ると、真っ暗な通りにその窓だけ煌々と灯りが点っていた。
ガラス窓にくっきりと影が映っていて、何だか心の中がじんと熱くなってきた。
すると、その窓がちょこっと開いたのだ。
こっちを覗いて、影はすぐに見えなくなった。 あのバカ・・・ オレはククッと笑いが込み上げてくるのを必死で堪えた。
宿に戻り、部屋の襖を開けると、犬っころが尻尾を振るように迎えてくれた。
ったく、オレとしたことが、コイツのこの顔には滅法弱いときたもんだから、自分でも情けない。
「お帰り〜 角都ぅ〜」
そう言ったそばから、オレの手からビニールの袋をさっと取り上げて、中からチョコレートを取り出し、早速口に入れやがった。オレはそうでもないんだが、コイツの不死身の身体は、人の三倍は食わないと身がもたないらしい。
オレは隣に座って酒を飲み始めた。
いつか・・・ 暁のビジネスが上手くいって・・・
こんなオレ達でもまともな暮らしが出来るようになるのだろうか・・・
あのリーダーの言うような・・・ そんな日が・・・ 本当に訪れるのだろうか・・・
そしたら・・・ その時は・・・ オレはコイツと一緒に・・・?
さっき外で見たこの部屋の灯りがもう一度目に浮かんだ。
そんなバカげた夢が・・・ 一瞬頭を過ぎった。
(フン・・・ 酔ったか・・・)
「お前も食ってばっかいないで、少しは飲め」
オレは缶ビールをアイツに投げてやった。
口をもぐもぐ動かしながら、「うん」と言ってアイツは缶ビールを開けた。
ブシュゥゥ〜
すごい勢いでビールがアイツの顔にかかった。
「うわぁ〜 ひっでぇ〜 オマエわざとだろ?」
オレは側にあったタオルを取り、アイツの顔を拭いてやろうとしたら・・・
いきなり、アイツがオレに抱きついてきて、胸に顔をすりすりと寄せて、なんとオレの服で顔を拭きやがった。 ふざけんな! コラッ!
「角都もチョコ食えよ」
そう言って、アイツはオレの口にチョコを入れようとした。
「そんなもんオレは食わねぇ」
「一年に一度位は食えよ」
「何だよ? それ?」
アイツは壁に掛かっていたカレンダーを見てみろよと言いたげにチラリと横目で見た。
「ハァッ? マジかよ! 知らねぇの?」
「また、お前の儀式か何かか?」
「まっ、そんなとこ。 いいからこれだけ食えよ」
無理やりアイツはオレの口をねじあけてチョコレートを一粒入れた。
ほろ苦い香りが口中に広がった。
それから、アイツはそっとオレの唇に触れるだけのキスをした。
「よし、これでいい」
(いったいこれは何なんだ? 何の儀式だよ?)
と言いたいところだが、アイツの満足げな顔を見たら何も言えなくなってしまった。
(まっ いっか・・ 何の儀式でも。アイツがあんな顔をしてくれるなら)
「角都ぅ〜 ホントに知らねえの? 今日、十四日だぜ」
「何の日だ?」
「あっそ、おっさんは知らねぇのかね〜? 知らねぇんだったらもういい」
アイツは急に拗ねたような顔をしてプイと頬を膨らませた。
「気になるから教えろ」
「ダ〜メ、来月の十四日までに自分で調べておけよ。 宿題な!」
「何でオレがそんなこと・・・」
次の言葉はまたチョコレート味のキスで塞がれた。
あぁぁ・・・ ったく、何やってんだか・・・
オレは自分に呆れて、腰に回されたアイツの腕をぎゅっと握り返して笑った。
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2008/2/14