メッセージ 1
コンコンと窓ガラスを叩く音で目が覚めてしまった。
やっと眠れたと思ったのに、寝入りばなを起された。
窓を見ると何か大きな影が映っているではないか。 まったくこんな夜中に誰だよと、はぁとひとつ息を吐き、オレはカーテンをちらりと捲って外を見た。 うわっ! 何で自来也様が?
慌てて窓を開けた。
「何もこんなところから・・・」 「すまんのぉ」
自来也は大きな身体を丸め、窓からカカシの部屋に入って来て、リビングの方へ向った。
カカシも黙って後に従った。 「ちいと話があっての。何、すぐ帰るから」
カカシは冷蔵庫から飲み物を出そうとしたが、自来也は何もいらないと言って、カカシを座らせた。
「お前にこれを預かってもらいたい」
そう言って、自来也は懐から金色の巻物を取り出し、テーブルに置いた。
「そっ、それって・・・もしかして・・・先生の?
自来也様・・・まだ・・・」
金色に輝くそれは決して忘れることの出来ない、
オレにとっては最後まで手の届かなかった憧れの巻物だった。
「ははは・・・笑ってもえぇ。ったく、ワシらしくもないがの。
これだけは、どうにもこうにも捨てられないわい」
笑えるはずなんかない。
自来也様がまだ持っていてくれたことが嬉しくって、嬉しくって泣きそうになった。
そう、あれは先生の最後の時・・・ 木ノ葉病院で先生を看取ったのは、三代目と自来也様と綱手様とそしてオレの四人だけだった。
いつまでも先生に縋って泣いていたオレに、自来也様は、先生が身につけていた火影羽織を、
「これはお前が持っておけ」 と、言ってくれた。 そして、自分は木ノ葉ベストの胸の一番右の巻物ポケットからそっと巻物を一つ取り出して、懐に閉まったのだ。
それは、オレが幼い頃から何度も見たことのある金色に輝くあの巻物だった。
(やっぱり・・・)
忘れもしない。 あれは、オレが父を亡くし、自来也様と先生の家に引き取られて暮らし始めてまもない頃、
自来也様が長期任務で一月程家に帰らなかったことがあった。 朝、目が覚めたら、先生が難しい顔をして、二本の巻物とにらめっこしていた。
何が驚いたかって、いつも寝起きの凄く悪い先生は、オレが命がけで叩き起しても中々起きてくれないのに、オレより先に起きていたということ。
そして、オレが後ろから覗いているのも分からないくらい、いや本当は分かっているのに無視してたのかもしれないけど。
そんなオレなんか眼中にないって感じで、ぶつぶつ独り言を言いながら、何やら、数字を紙に書いていたこと。 そっと前に回ったら、話しかけるのも戸惑うほど、真剣な表情をしている先生にまた驚いた。
「先生・・・おはようございます」
「ん、おはよ、カカシ、もう起きてたの。悪い、オレ、腹が減ってるんだ、握り飯でいいから、握ってくれるかな?」
「うん、分かった」
オレは急いで台所に行って、大きなおにぎりを三つ作った。
炊き立てのご飯は熱いから、お茶碗に入れて、ぽんぽんと冷ますように少し転がす。
そして、サランラップで握り、梅干の種を取り梅肉だけを入れ、大きな海苔を巻いた。
お皿にのせて、先生の元へ持って行った。
「ありがとう。もう少し時間かかっちゃうけど、待っててね」
先生は左手でおにぎりを頬張りながら、右手はペンを持ったまま、さらさらと手を動かしている。 巻物を二本並べ、上と下の巻物を見ては、頷き、次から次へと紙に数字をたくさん書綴っている。
そして、不思議なことに、いつも先生が嬉しそうに読んでいる自来也様の本を横において、たまにちらりと開いては、また、閉じる。そんなことを何度も繰り返しているのだ。 こんな先生は今まで見たことなかった。
きっと、何か難しい任務に関る極秘文書なんだろうと思って、見ているオレまで緊張してきた。
あっという間に先生は大きなおにぎりを三つ平らげた。
そうだ、飲み物を忘れてたと思って、お茶を入れて、何も言わず、そっと机の端に置いた。
「悪い、カカシ、向こう持って行って!こぼしたら大変だから」
「先生・・・ごめんなさい・・・」
オレは慌てて、湯のみをお盆に戻した。 やっぱとっても大切な巻物だったんだ。
そこまで、気が回らなかった自分が情けなくなった。 「ごめん、折角カカシが入れてくれたのにね。オレがドジってこぼしたら困るからさ。 あとちょっとで終わる、そしたらちゃんと飲むからね」
先生は申し訳なさそうに、笑ってそう言ってくれた。 オレは、湯のみを台所のテーブルに置いて、また黙って先生の隣に座った。
先生は、眉間にしわを寄せ、髪をぐしゃぐしゃと掻きながら、
「あぁ、本当にこれ面倒くせぇ」 と、文句たらたら言いながら、ひたすら数字を書き込んでいる。 オレがそっと覗き込むと、
「こら〜見ちゃだめだよ〜カカシ!秘密の暗号なんだから!
って言っても、これじゃ分かんないか」
と、先生は笑ってオレのほっぺをつんつんと突いた。 もう少しと言ったのに、まだ終わらない。今日の任務に遅刻しないかとはらはらしながら時計を見た。
オレが起きてからもう小一時間程経っている。
すると、険しい表情をしていた先生の顔が急にほころんで突然大きな声で叫んだ。
「わ〜い!わ〜い!カカシ、自来也先生、明日帰って来るってさ!」
次の瞬間オレの身体は、ぱっと宙に浮いた。
先生が、オレを抱き上げ、ぐるぐると回っている。
「先生が帰って来るんだよ〜!カカシ〜!嬉しいな〜!」
先生は、今まで見たことのないようなとびっきりの笑顔で、身体全身で喜びを表している。
どうやら、あの巻物は自来也様からの帰還を伝える手紙だったらしい。
「先生・・・目が回っちゃうよ・・・」
オレを降ろすと、その巻物を巻き直して、先生は愛おしそうに抱きしめて、キスをしたのだ。
本当にびっくりした。その時はまだその意味は分からなかったけど。
先生の顔がとっても綺麗で、オレはドキドキして声も出せなかった。
何だかいつもの先生の顔とは違うようにも見えた。
そして、先生はもう一本の金色の巻物もくるりと巻いて、大事そうに一番右のポケットに閉まったのだ。
「はぁぁ〜頭使ったから喉からからだよ!カカシの入れてくれたお茶を飲もうっと」
「先生、もう冷たくなっちゃたから、入れ直すよ」
「そのままでいいよ。折角カカシがオレのために入れてくれたんだものね。
おにぎりまだある? カカシは食べたの?朝ご飯食べようよ」
それから、もう一度おにぎりを握って、オレ達は、朝ごはんを食べた。
先生ったら、さっき三つも食べたのに、また食べるなんて、巻物読むのってそんなにおなかが空くのかな。
「カカシのおにぎりは美味しいからいくつでも食べられるよ」
そう言ってくれた先生の嬉しそうな顔を見て、何だかオレも嬉しくなった。
それ以来、自来也様が家を長く空ける時は、自来也様から送られた巻物を幸せそうに読んでいる先生の姿を何度も見かけた。
あの金色の巻物と自来也様の本を出している時は、そうだと分かっているので、オレももう緊張しなくなったし、大体読み終えてから、先生が嬉しそうに、自来也様がいつ帰ってくるかを教えてくれたりするので、オレから何が書いてあるのかを聞くことはなかったど。
でも、その後数年が経ち、オレも少し大きくなって、二人の関係が師弟以上の深い絆で結ばれていることを知ってからは、先生があの巻物を取り出す度に、オレだけ二人の世界には入れないような、寂しい気持ちになったりして、ちょっと複雑な心境だった。
たぶん、数字だからこそ書けるっていうような甘い愛の言葉も書かれていたんじゃないだろうか。
「いついつ帰る」なんて、単純な伝言だけじゃないだろう。 そうじゃなきゃ、あんな風に巻物にキスなんてするか? まぁ、オレは二人の関係を知ってても知らない振りをしていてあげるいい子だったから、そんなことは決して口には出さなかったけどね。
それからさらに数年が経った頃には、自来也様は、里外での諜報任務が専門になり、家にいられることはほとんどなく、年に数日程戻って来る程度になっていた。
それでも、時折、先生が金色の巻物を取り出していたから、ちゃんと自来也様からの便りは届いていたようだ。
そして、いつしかオレは、
先生に抱かれるようになっていた。
ある時、久しぶりに届いた巻物を嬉しそうに読んでいる先生に、オレは子どもの頃からずっと言いたくても言えなかったことをお願いしてみた。
「ねぇ先生、オレにもあの巻物の暗号教えてよ」 「だって、オレとカカシは毎日同じ任務行ってるんだから、必要ないじゃん」
「でも・・・万が一はぐれた時とかさ・・・」
「オレは飛雷神の術でどこからだってカカシのところに飛んで行けるし〜」
「ずるいよ・・・」
「それにね、あの暗号は自来也先生のイチャパラを読めるようになってからじゃないと使えないんだよ。
とっても面倒な数式を解かなくちゃならないんだけどね。 イチャパラのページ数もリンクしてるし。それがまた難しいのなんのって。
あの暗号は絶対他の人には解読不可能だよ」
「そんな〜オレだって・・・もう読めるよ・・・」
「こんなことしてるのに・・・って?」
先生はそう言って、いたずらっ子みたいな笑みを浮かべオレにキスしてくれた。
「妬いてくれるんだ?」
「もう・・・先生ったら・・・」
「じゃぁ、カカシが十八になったら、ちゃんと教えてあげるからね!」
「約束だよ!」
「ん!」
結局、オレとの約束を守らないまま先生は逝ってしまった・・・
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2008/6/3