禁 術
もうすぐ、あの日がやってくる。
今年もまた、火影様に里外への出張任務をお願いしておこう。 花束を見るだけでも、泣けてくるあの日だけは、 里の中にいることはできないのだから・・・ もう、今年で十年目だというのに。 いつまで、こんなことを続けているのだろうか。 自分でも、情けないとは思うのだが。 こんな俺の我侭を聞いてくれるお方が、まだ、この里にはたくさん残っているのだ。 甘やかされているのは、 あの時、俺と先生が、命を懸けて、里のために戦ったからなのだろうか。 それとも・・・ 先生が何か言葉を残してくれていたのだろうか・・・? そんなことを考えてばかりいる自分に呆れて、ふっと笑いがこみ上げてくる。 馬鹿みたいだ。 只、俺が弱いだけなのに。 そして、今年も俺の馬鹿げた願いは叶い、里外へ密書を届ける任務が与えられた。 夜明け前に、里を出た。 何も考えずに、ひたすら前を向き、走ることだけに集中する。 空の端が、淡い紫色から、綺麗なピンク色に変わり、 やがて、鮮やかな青空になった。 あの日と同じ色だった。 眩しくて、思わず目を細めた。 岩隠れの里への密書を無事届け終え、任務は完了した。 帰りに少し遠回りをして、神無毘橋を通って、そこで祈りを捧げ、俺一人だけの慰霊祭は終えてきた。 まもなく日付が変わるという頃に、里に着いた。 報告は、忍鳥を飛ばせばいいことになっている。 部屋に戻り、シャワーを浴びて、ビールを飲もうと冷蔵庫を開けた。 一年で一番悲しい日が、もうすぐ終わる。 これ以上、もう何も考えたくない。 何も思い出したくない。 早く寝よう。 だけど・・・ たぶん・・・ そうはさせてくれないだろう・・・ あの人が。 コンコンと窓を叩く音。 ほらね。 そろそろ来る頃だと思った。 カーテンを開け、その顔を見たら、何だかほっとした。 窓を開けると、一升瓶を抱えて入ってきた。 ずかずかと上がって、 何も言わず、キッチンからコップを持ってくる。 あの人は、俺の隣に座って、一升瓶を開ける。 もちろん、先生が一番好きだったお酒。 「ぎりぎりだったな」 コップに並々注いだお酒を俺に渡してくれた。 「とりあえず・・・」 俺達は何も言わず、コップをコチンとぶつけあった。 二人とも一気に飲み干した。 毎年繰り返される、 二人だけの慰霊祭。 「もう、十年か・・・ 早いなぁ・・・」 それ以上、何の言葉もいらなかった。 空になったコップにもう一度酒を注いでくれた。 ダメだ・・・ たぶん・・・ 我慢出来なくなる・・・ 何かしゃべってくれないと、 絶対に泣いてしまう。 あの人は、俺のことが何もかもわかっているようで、 俺の顔を覗き込んでは、頭をくしゃくしゃと撫でる。 その掌が暖かくて・・・ 只、暖かくて・・・ 「いいぜ、泣いても。 でも、今日だけな」 「うん」 と、頷いた瞬間に、もう涙が溢れてきた。 今日一日、我慢していたものが、 溢れて、溢れて、 止まらない。 俺はあの人の大きな胸に顔を埋めて、 泣いた。 声をあげて、 子どものように。 「鼻水、つけんなよ」 子どもをあやす様に、背中を擦ってくれる。 今日だけは、このまま、涙が枯れるまで、 泣いていたい。 「ねぇ、先生に変化してくれる?」 俺は、決して言ってはならない禁句を告げる。 「変化だけだぞ」 「うん」 「それ以上は、無理だからな」 「うん」 それは、毎年、繰り返される二人だけの秘密の儀式。 そう、この人も、俺の馬鹿げた我侭を聞いてくれる優しい人なのだ。 「変化の術!」 愛しい姿が目の前に現れた。 「せんせぇ・・・ あぁ、せんせいだ・・・」 俺は、先生の綺麗な髪に触れる。 さらりとした感覚は、昔のままだ。 そして、先生の胸に顔を埋める。 暖かい・・・ 昔に戻ったような錯覚に陥る。 こうして、俺は、 一年に一度だけ、 再びあの暖かな、大きな腕に抱かれる。 一年にこの日だけの、禁術で。 懐かしいあの碧い瞳に吸い込まれていく。 強く抱きしめられて、 また、涙が溢れる。 「せんせぇ・・・ お願い・・・ キスして・・・」 「ダメだって言っただろう?」 「一度でいいから・・・ お・・・ね・・・が・・・い」 「ったく、いくつになっても、こんなに甘えん坊でどうするよ」 「ねぇ」 俺は我慢できずに、あの人に顔を近づけていく。 もう少しで、唇が触れる・・・ と、思った瞬間、 あの人は、変化を解いてしまった。 「だから、これ以上は、アイツではできねえんだよ」 そう言って、 元の姿に戻ってから、 俺の唇にそっと触れてくれた。 やっぱり、 どこまでも、優しい人だ。 「ありがとう」 また、涙が溢れてきた。 その涙を、 柔らなかな唇で拭ってくれた。 |
2009/7/16