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師弟の絆   9


「あ〜あ、どうしよう・・・ すぐ出ていかなくっちゃならないのかな・・・」
 
少年は下を向いてぽつりと呟いた。
 
「どうした?」
 
「下忍になったら、ホームを出て行かなくっちゃならないんだぞ。
まだ、アカデミーに居たかったんだ。
だから、卒業試験もわざと失敗したのに、試験官の先生がもう一度ちゃんとやれって・・・」
 
「そりゃ、お前の成績からすれば、わざと失敗したのがバレバレだったんじゃないか?
今、里は人材不足なんだ。 
下忍として使える者をそういつまでもアカデミーに置いておくことはしないだろ。
なんで、そんなにホームを出るのがいやなんだ? 
ははぁ〜 お前、寂しがり屋なのか? 夜一人で寝るのが怖いんじゃろ」
 
自来也先生がちょっと意地悪くそう言うと、少年はぷいっと横を向きほっぺを膨らませた。
 
「違うよ〜! そんなんじゃない・・・ そんなの全然怖くなんかないやい!
オレ・・・  オレ・・・ ご飯、何も作れなくって・・・」
 
「はぁ? 何だ、飯の心配か?
山の中でサバイバルする訳じゃあるまいし、里にはいろんな店があるだろ。
何も作れなくたって、買って食べればいいし」
 
「だって、だって・・・ オレ、スッゲー大食いだし・・・ その・・・ 
下忍の報酬なんて少しだろ。
全部食い物買っても足りないよ、きっと・・・
オレ、餓死しちゃうかも・・・」
 
少年は今にも死にそうなくらい思い詰めた表情をしている。
 
「はっはっはっ! こんな時代に餓死とはのォ」
 
自来也先生は可笑しくなって、思わず大声で笑ってしまった。
 
「ひっでぇ・・・ それが、教師のいう言葉か!」
 
「すまん、すまん。 よし、分かった。
そこまで、深刻な問題なら、どうだ、これから、先生の家に来るか?」
 
「何かご馳走してくれるの?」
 
「いや、一緒に住むかってことだ」
 
「えっ? 本当に? いいの?」
 
「木ノ葉の大事な人材に餓死されちゃ困るだろ。
その代わり、家事は分担して、お前にもやってもらうぞ。
飯の仕度は先生がしてやるから、お前には後片付けと部屋の掃除をしてもらう。 
それでいいな?」
 
「うん、分かった。そのくらいなら、オレにも出来るから」
 
自来也先生は、背筋をしゃんと伸ばして、二本指を胸の前にかざした。
これは公式の発言の時にする礼を表す形だ。
少年も緊張した顔で、背筋を伸ばし、自来也先生の目を真っ直ぐに見つめた。
 
 「よ〜し! 波風ミナト、今日から自来也の弟子となった。
先生の家に住むことを許可する。
鍛えてやるからな、覚悟しておけよ」
 
「ハイ! 宜しくお願いします!」
 
ミナトは、嬉しそうに微笑んで、頭をぺこりと下げた。
そして、自来也先生の回りをワ〜イ!ワ〜イと飛び跳ねながら、ぐるぐると何回も回って、最後は背中から飛びついた。
 
「これこれ・・・ 明日、忍者登録所に手続きに行ってやるから、それまでに荷物をまとめておけよ」
 
「自来也先生、ありがとう・・・」
 
 (まったくオレとしたことが・・・ どうしてこんなことに・・・)
 
今までに何人もの下忍を教えてきた自来也先生も何故、自分がミナトと一緒に住んでまでして教えようかと思ったのか不思議でしょうがなかった。
別にさっきの術が気に入った訳じゃないからなと、自分で自分に言い聞かせてみた。
まだ会って数時間しか経ってないのに、キラリと光る何かをミナトは持っているのだ。
  
(鍛えてやれば、アイツは大物になるぞ)
 
そう、自来也先生の直感が家に来るかという言葉を出させたのだろう。
   
こうして、波風ミナトの忍としての生活が自来也先生と共に始まった。
下忍になっても、すぐに難しい任務をするわけではない。
担当教師が隊長となり、スリーマンセルを組んで、午後2〜3時くらいまでは、農作業やお使いなどの簡単なDランクの任務をこなしていくのだ。
任務が終わった後の時間で、忍術の修行をする。
訓練を積んだ後、徐々に任務の内容がDランクからCランクへと上がっていく。
 
ミナトには驚かされることばかりだった。
まずはその大食いっぷりにだ。
ご飯の仕度は、二人前では足らずに三人前、四人前と用意しなくてはならなかった。
冷蔵庫は、毎日買い物してもいつも空っぽで。
もちろん、僅かながらの下忍の報酬の中から食費は入れさせてはいるものの、はっきり言って大赤字だ。
あの時に、餓死するかもと言ったミナトの言葉の意味が今なら良く理解できた。
でも、あの満面の笑顔で美味しい美味しいとバクバク食べるミナトを見ると、何でも食べさせたくなって、結構手の込んだ料理も作ってやったりする。
たまに、出張で他国に出かけた時なんか、帰りに市場に寄っては、ついつい珍しい食材を大量に仕入れて、メニューを考えながら、帰って来るようになった。
自来也先生は、何でこんな事してるのか自分でも不思議だった。
子どもは授かってはいないが、まるで父親になったような気分だ。
 
 そして、忍術の方も、さらに驚かされることの連続だった。
一つ教えれば、その二つ、三つ先まで覚えていくようなタイプだった。
理論を覚えるのは左程苦にはならいようで、ミナトの凄いところは、発想の鋭さとその応用力だ。
これがこうだとすると、これも出来るのではないかと。
吸収したものを、今度は自分で違う形にしてしまう。
それも、納得がいくまでとことん追求するのだ。
それが出来なかったら、何日掛かっても、出来るまでする。
その忍耐力と根性には全く驚かされた。
 
性格においては、成績表には、「短気で自己中心的」なんて書いてあったが、それは、担任教師が彼の表のある一部分を見たに過ぎないと自来也先生は思った。
 
たぶん、人一倍正義感が強く、悪いものを許せない性格から、アカデミーの頃はついつい口より手の方が早く出てしまう事もあったのではないかと思われる。
また、照れ屋で口には出さないものの、面倒見のよいところもある。
押し付けがましいわけでもなく、さりげない優しさで、人の心を和ませる。
決して人を傷つけるような事はしないし、人を誉めるのも上手い。
スリーマンセルの他の二人とも、チームワークは抜群で、二人共ミナトを慕っていたし、他の班の誰とでも上手くやっていける。
この頃から、人に上に立っていけるリーダーの資質も持っていたのだ。
忍としての才にも溢れ、そして、人間としての心根も暖かい。
自来也先生は、日に日にミナトという忍に惹かれていった。
そして、自分の持てる術はすべてこのミナトに託していこうと心に決めた。
 
「波風ミナト・・・ 十年に一度の逸材か・・・
まさに、天才とはこういう忍を言うものなのか・・・」
  
数え切れないくらいの忍を見てきたが、こんな風に思える忍は今までいなかった。
何れは、自分を追い抜かしていくであろうと、ミナトの顔を見てふと思った。
その時は、「ミナトはオレの弟子だ」と誇れるようになっていたいと、心から願った。
 
 
こうして、1年が過ぎ、ミナトは中忍試験に見事に合格し、晴れて中忍となったのだ。

                                                                              2007/9/11

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