みかづき島の思い出 3
雲一つない青い空がどこまでも続いていた。
気温はかなり高いのだろうが、からっとした風が頬を撫でて心地よい。
乗船して荷物を個室に投げ入れると、先生はオレの手を引いてデッキへと走り上がった。
ぼぅっと大きな音を上げ船は出航した。
「うひゃぁ〜 気持ちいい〜」
先生は両手を大きく広げて、はぁっと深呼吸をした。
オレも真似て、潮の香りを思いっきり吸い込んだ。
強い日差しが海面に反射してキラキラと光って眩しい。
先生は頭の上に載せていたサングラスを下ろして掛けた。
先生ったら、外国の映画に出てくる俳優みたいにカッコイイ。
ちょっと見惚れてたら、先生はオレの顔をじっと見つめて、何かを思いだしたかの様に、短パンのポッケから日焼け止めクリームを取り出し、オレの鼻の頭とほっぺにちょこんと塗ってくれた。
「海は紫外線が強いからね。 カカシは肌が弱いから、焼けたら大変。
これ塗っとけば大丈夫だよ。 帽子も被ってた方がいいね」
しばらく、デッキの隅にあるカフェで冷たいドリンクを飲みながら、風に当たっていたけど、折角だからと言って船内をぐるりと回って見て来た。
豪華な客船で設備も充実している。
プールやスポーツジムに映画館、カジノまで何でもある。
近隣各国を回り、最後にリゾート地のみかづき島に着くというコースになっているのだ。
こんなご時勢でも、裕福な人たちもいるんだなと、どこか現実離れした異空間に来たような気がした。
先生は、そんな風に感じたオレを見抜いたのか、ぽんぽんとオレの肩を叩いた。
「びっくりするよね。こんな長閑な世界があったんだなって思った?
先生もカカシも、明日の命も分からないって暮らしをしてるのにね。
こんな豪華な船に乗ってカカシと世界一周の旅でもしたいな〜って、
先生も今思ってた。
でも、この人達の平和を縁の下で支えてるのが先生達の役目って、思わない?
忍に生まれちゃったんだもの。 普通の人と同じ幸せは望めないかもしれないけど、
でも、人の幸せのために闘えるなら、それが忍の幸せだと先生は思うんだ」
先生は、時折難しい話をするけど、それはオレをちゃんと一人の忍として認めてくれているからだ。
もちろん、忍術以外にもいろんな事を教えてくれたし、それがたとえどんな些細なことでも本当に嬉しかった。
もっともっと先生の話が聞きたかった。
幸せなんて言葉は、父親を亡くして以来、自分には無縁の言葉だと思っていたけど、今、先生にそう言われて、心臓がちくりとした。
「幸せ・・・」
思わずぽろりと口に出てしまって、オレは両手で口を押さえた。
先生は、そんなオレを見て、にこりと笑ってくれた。
「先生はカカシといる時が一番幸せだよ」
優しい言葉に胸がじ〜んと熱くなって、涙が溢れそうになったのを必死に堪えた。
何て言葉を返していいのか分からずに、「オレも」と応えるのがやっとだった。
それから、自分達の個室に戻って、到着するまでのんびり過ごした。
「あ〜ぁ 1時間なんてあっという間だねぇ。
こんな豪華な船なんて滅多に乗れないから、もっと乗っていたかったね。
揺れも全然なくって、カカシも船酔いしなくってよかったし」
「オレは先生の飛雷神の術で鍛えられてるから、船の揺れくらいじゃ酔わないよ!」
「そっか! そうだよね〜 って、やっぱカカシ、あの術酔う?」
「もう、慣れたから大丈夫だよ」
オレは先生を心配させたくなくて、ちょっと嘘をついた。
「ならいいけど、無理しないでね、気持ち悪かったらちゃんと言いなさい。
先生の背中で吐かれてもいやだし」
「もう〜 先生ったら! ひっど〜 それってオレの心配じゃなくて自分の服の心配?」
アハハ〜と笑う先生に蹴りを一発お見舞いしてやった。
そんな他愛もない冗談を言いながらじゃれ合っている間に、船はみかづき島に到着した。
先生とオレは早速、国王の住んでいる王宮へと向った。
近くで、さっと忍服に着替え、木ノ葉ベストを身につけると、先生の顔が一瞬で忍の顔に戻った。
オレも額当てをきりりと締め、マスクをすっと上げた。
受付で話を取り次いで貰うと、応接間の様な部屋に案内された。
しばらくすると、国王の側近の役人が入って来たので、先生は挨拶をし、火の国の大名の親書を手渡そうとした。
「只今、国王が直接親書を賜りたいとのことです。
準備が整い次第、ご案内しますので、しばらくお待ちください」
「了解しました」
国王と直接会うなんてオレはちょっとびっくりした。
「先生、オレはここで待ってるから」
「何言ってるの。カカシも任務で来てるんだから、先生と一緒にいなさい。
他国の国王と直接拝謁が出来るなんてあんまりないからね、いい経験になると思うよ。
大丈夫、先生が話をするんだから、カカシはそんなに緊張することはない。
でも、もしも、カカシに声を掛けられたら、その時は素直に答えればいいからね」
「うん、分かった」
しばらくすると、側近の役人に呼ばれて、二人は国王のいる謁見の間へと案内された。
膝を付き、頭を下げ一礼をし、胸に手を当てて、先生が挨拶をした。
流れるように、難しい言葉がすらすらと先生の口から発せられた。
在位を祝した外交上の決まり文句なのだろう。
「こちらが、火の国の大名の親書でございます」
役人が黒い塗りのお盆を先生の前に恭しく掲げた。
そして先生がその中に、親書を乗せた。
月の国の国王は、まだ四十代半ば位の若々しいお方で、優しい笑みを湛えながら、二人に話掛けた。
「どうか、お顔を上げてください。
今日は遠い所まで、ご足労くださり恐縮です。
火の国の大名様にもくれぐれも宜しくお伝えください。
さて、お隣にいらっしゃる可愛いお方も一緒に来られたのですか?」
月の国には忍の隠れ里はない。
どうしても忍にしか出来ないような問題は他の隠れ里へ依頼することになる。
軍隊がきちんと整備されているので、大体のことは国内で片付けられるのだ。
国王から見れば、まだこんな幼い子どもが忍なのかとびっくりしたようだ。
「はい、この者は、木ノ葉の里の中忍昇格の最年少記録保持者なんですよ。 私の自慢の部下です。 木ノ葉を代表する立派な忍です」
「ほほぅ、これはこれは失礼した。 しかし、たくましいことですな。
木ノ葉の里の未来も安泰でしょう」
先生は、国王の前でも何の遠慮もなくきっぱりと言い切った。
オレは少し恥ずかしくなって、また、顔を下に向けてしまった。
「お名前は?」
国王に直接声を掛けられて、どうしていいのか分からず、先生の方をちらりと見ると、「自分で答えなさい」と言うように、にっこり笑って目で合図をしてくれた。
オレは心臓がドキドキしたけど、ちゃんと国王の顔をしっかり見て、大きな声で答えた。
「はたけカカシと申します」
「うん、強そうな良い名だ。
ところで、カカシ君、今度は君に私から任務をお願いしたいのだが、引き受けてくれますか?」 オレは慌てて、また、先生の方を見る。
先生は、今度もこくりと頷いてくれた。
「はっ、はい」 「火の国の大名に御礼の返書を届けていただきたいのだが」
それから、国王は今度は先生の方に向った話しかけた。
「あなた達は、すぐに戻らねばならないのですか?
返書の用意に少し時間が掛かるので、 出来たら、明日の晩にもう一度ここに取りに来て欲しいのですが。
もちろん、宿もこちらで手配しますので。
もし、どうしても時間が無いと言うなら、急がせて、今日中には用意させますが」
国王の慈悲深い笑みの裏側を、これはこの島でゆっくり遊んでいって欲しいという意味だと読み取った。
まぁ、さすがの先生も三日も遊んでいくつもりですとは言えなかったが・・・
「お心遣いありがとうございます。
それでは、返書お届けの任務承ります。
お時間の方は、お気遣いなく、任務ということであれば、何日でもお待ちしますから。
どうか、ごゆっくり準備をしてください」
「ははは。これは有難い。もちろん、報酬は弾みますから。
そうそう、カカシ君には特別に、ご褒美を差し上げよう」
国王が側近の役人に合図をすると、カカシの前に封筒が差し出された。
カカシは頭を下げ、「有難うございます」と、丁重に受け取った。
「明日の晩は、私の在位記念の大きな祭典があります。
そのカードは、お祭りのフリーパスになっていますので、どうぞ、お二人でゆっくり、
みかづき島を満喫していって下さい」
「有難く頂戴いたします」
こうして、国王との謁見は無事終わった。
部屋から出て、カカシは大きくふうっと息を吐いた。
「あぁ・・・ 凄く緊張した」
「あはは〜 よく頑張ったね、カカシ!
ご褒美はお祭りのフリーパスだって。 良かったね〜!
これって、カカシが居たから貰えたんだよ。 オレ一人じゃくれなかっただろうな〜」
そう言って先生はオレの頭を撫でてくれた。
「しかし、月の国の国王はさすが出来るお方だね〜
普通なら、国王が親書を届けた忍に直接合うなんてことはないんだ。
その上、返書の依頼もね、先生達に気を使ってくれて。
本当は返書なんて、定型の物が初めから用意されてるんだ。
一日掛かるなんてことはないのにね。
遠くから来てくれたのだから、少し休んでいって貰いたいって心遣いなんだよ」
「へぇ〜 そうなんだ。 お祭りだって! 先生、楽しみだね」
「うん、フリーパスもあるし!
何かわくわくしてきたね!」
それから、二人は役人から手渡された地図を見ながら、手配してもらったホテルに着いた。
そこは、びっくりするほど大きな島一番のリゾートホテルだった。
|
2007/10/3