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桜の約束   2
   

「うわぁぁ〜 すっご〜い! 綺麗!」
 
二人が着地した所は、川の土手沿いに桜並木がずっと続いていて、まさに今日が見頃の満開の桜が爛漫と咲き誇っていた。
 
カカシは、あまりの荘厳さにしばし言葉も出なかった。
特に公園というように整備されている訳でもないようだ。
カカシはあたりをぐるりと見回し、不思議そうな顔で先生に尋ねた。
 
「先生、ここどこ? こんなに桜が綺麗なのに誰もいないよ?」
「うん、ここはね、オレだけが知っている秘密の場所なんだ〜
国境近くの終末の谷から流れている川なんだけどね、里からは大分離れているし、近くに人の住んいる村もないから、訪れる人はほとんどいないんだよ」
「何かもったいないね、こんなに綺麗なのに・・・
桜さんが可哀想・・・ 見てくれる人いないなんて・・・」
「カカシは優しいんだね。 じゃぁ、今日は二人でいっぱい見てあげようね!
ほら、ここに、先生の術式が彫ってあるんだよ。
これがあればいつでもまたここに来られるからね!」
 
そう言って先生は、大きな桜の木に彫られた術式を指差した。
先生は、リュックを降ろし、レジャーシートを広げて、ごろりと寝転んだ。
 
「カカシもここにごろんしてごらん」
 
見上げた空は、雲一つない快晴で、心地よい風がそよそよと桜の香りを運んでくれる。
 
「あぁ〜 気持ちいい〜 満開の桜を見ながらお昼寝出来るなんて! 最高〜!」
「えっ? 先生、もう寝るの? 今、来たばっかじゃん!」
 
カカシはクスっと笑って、隣に腰を降ろした。
 
「本当にここの桜は見事だねぇ〜
先生、去年、偶然ここ通りかかってね。
でも、その時はもう桜も終わり頃で、葉桜になってたから、来年は絶対カカシと一緒に来ようって決めてたんだ。
良かった、夢が叶って」
「ありがとう、先生」 
「桜は不思議だよね〜 
他にも綺麗な花はたくさんあるのに、どうして人は桜がこんなに好きなんだろうね?
ぱっと咲いて、ぱっと散る、その潔さや散り際の美しさが人の心に残るのかな・・・
カカシはどう思う?」
 
先生はふうっと息を大きく吸い込んで、桜の香りを楽しみながら、カカシに語りかけた。
 
「えっと・・・」
 
カカシは少し考えながら、頭の上の桜を仰ぎ見た。
 
「お花がたくさん付いていて綺麗だから?」
「うん、それももちろんあるけど。
先生はね、春っていう季節に咲く花だからって思うんだ。
だって、寒い冬が終わって、ぽかぽかと暖かくなってさ、身も心も何だか軽くなって。
桜を見ると、うわぁ〜い 春だ〜って感じがするでしょ?
それに、こんなに綺麗な花を見てたら、心が洗われて、嫌なことも忘れられそうだよね〜」
「うん」
「カカシ、どんなに寒い冬でも、必ず春は訪れるんだ。
桜は、きっとそれを思い出させるために、綺麗に咲いてくれるんだよ。
今は戦乱の世で、争いの絶えない時代だけどさ、それでも先生は、いつかきっと平和な時が訪れると信じてる。
だから、どんな辛い任務でも頑張れるしね」
 
先生はきりりと口を結んで、空の彼方を見つめながら、話を続けた。
カカシはいつもの笑顔の絶えない先生とはちょっと違う表情を見て、少し驚いた。
先生もそんなカカシの気配を感じ、
 
「ハハハ〜  カカシにはちょっと難しかったかな?」
「ううん、先生の言ってること、何となく、分かるよ」
 
昨年、サクモを悲しい形で亡くしたカカシ。
先生と一緒に住むようになって、最初は遠慮やいろんな戸惑いもあったけど、先生の大きな思いに包まれて、最近やっと自分は一人ではないんだと思えるようになっていた。
日常の何気ない言葉の中に、自分を思いやってくれている暖かさを感じる。
そんな先生に感謝の思いで胸がいっぱいになるけど、それをどうやって言葉に表したたらいいのか分からず、困ってしまうのだ。
  
「先生、ここに連れて来てくれてありがとう。
オレ、もっともっと強くなって、先生と一緒に頑張るよ!」
 
カカシは目をキラキラと輝かせて、凛とした顔で先生に応えた。
先生は身体をぱっと起こして、嬉しそうにカカシの髪をくしゃくしゃと撫ぜた。
 
「ん! 先生もカカシと一緒に頑張りま〜す!
何か真面目な話したら、お腹空いちゃったぁ〜  ねぇ〜 お弁当食べよ!」
 
先生は恥ずかしそうにお腹をさすった。
 
「えぇ〜 もう? まだお昼前だよ?」
「いいじゃん、早めに食べて、ゆっくりお昼寝するんだから〜 
それから、カカシの修行も見てあげるよ!」 
 
その時、突然、ふわぁ〜っと風が吹いて、桜の花びらがはらはらと舞い降りた。
 
「うわぁ〜 綺麗! 花びらの雨みたいだね! ほら、カカシの髪にも・・・」
 
先生はそっと手を伸ばして、カカシの髪に付いた花びらを取ろうとしたが・・・
カカシのあまりの可愛らしさに思わず見惚れて、手が止まってしまった。
 
「カカシ・・・」
「先生、どうしたの?」
 
不思議そうに小首を傾げるカカシの姿は、まるで桜の妖精のように見えて・・・
 
「アハハ〜 カカシったら、桜が似合うねぇ〜 可愛いから、そのままにしておこっと」
 
(どっ、どうしちゃったんだ、オレ・・・
 何かドキドキしてきた・・・)
 
「先生の髪にも付いてるよ〜」
 
カカシが手を伸ばそうとしたが、ぱっと手首を掴んで、
 
「いいの、いいの! 
今日は、桜と一緒にお弁当食べて、お昼寝して、修行して、そんでもっていっぱいカカシと遊ぶんだ〜!」
「うん!」
 
カカシも嬉しそうに笑って頷いた。
  
「カカシ、来年も、再来年も、またその次の年も、ずっとずっと二人でここにお花見に来ようね! 
約束しよう!」
 
先生はそう言って、小指をカカシの前に差し出した。
 
「指きりげんまん嘘ついたら〜♪」
「嘘ついたら・・・ 何にしよっかな・・・」
「嘘ついたら・・・ 先生のお嫁さんになる!!!」
「えぇぇ〜 何それ? 意味分かんない。
オレ、男だし、先生のお嫁さんになんかなれるわけないでしょ!」
 
カカシは、ほっぺをぷくりと膨らませて怒った。
 
(フフフ・・・ いいよ・・・ カカシ・・・ 今は意味分からなくってもね・・・)
 
「ハハハ〜 先生のご飯をずっと作るってことだよ〜ん!」
 
先生は、膨らんだままのカカシのほっぺをちょこんと突いた。
カカシは、嘘をついてもつかなくても、結局、先生のご飯を作ることになるんじゃないかと思ったが、そんなことはもうどうでもよかった。
先生は、自分を一人ぼっちの暗闇から救ってくれた太陽だから。
何があっても、どこまでも、先生に付いて行こうと決めていた。
 
「さぁ、おにぎり、おにぎり! いただきま〜す!」
 
先生は、大きな口をぱくりと開けて、もぐもぐとおにぎりを食べ始めた。
 
「お〜い〜ひぃ〜! かかひのおひぎひさいこふぅ!」
「もう、先生ったら、お口に食べ物入れて喋っちゃ、お行儀悪いよ」
「らって・・・ らって・・・ おいひい・・・
ぐっ ぐえぇ・・・」
 
喉に詰まらせたのか、胸をバンバン叩く先生に、カカシは水筒からお茶を注いで渡した。
 
「先生、そんなに慌てなくったって、いっぱいあるんからさ、もっとゆっくり食べてよね」
 
にっこり微笑んで、カカシもおにぎりを頬張った。
 
「先生、来年も、また連れて来てね!」
「もっちろん!」
 
先生は、パチリとウインクして、二つ目のおにぎりをまたムシャムシャと食べ始めた。
 
満開の桜の下で交わした二人の約束。
それから、毎年、同じ桜の木の下で二人だけで、お花見をした。
 
 
 
あの年までは・・・・
 
 

                                                           2007/4/19

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