桜の約束 10
四代目が、九尾の妖狐を封印して亡くなった後も、カカシは、毎年桜の季節には飛んで来て、四代目が付けた術式が消えないようにと、丁寧に掘り直していた。
あれから、十二年・・・
今年も桜の季節がまた巡り来た。
カカシは、満開の桜の木の下に腰を下ろした。
「先生、今年も綺麗だよ・・・」
ポーチから、フォトスタンドを取り出し、缶ビールと先生の好きだった甘栗甘の豆大福を供えて、手を合わせた。
「先生、今年はオレが下忍の担当教師になって、初めて合格を出したんだよ。
それがね・・・ あの九尾の子、ナルトと、イタチの弟のサスケ!
今はまだ、昔のオレとオビトみたいに、ケンカばっかしてるけどね。
絶対、いいチームになりそう・・・
これからが、楽しみだよ・・・」
カカシはビールを一口飲んだ。
「先生・・・ 嘘つきは先生だったよね〜
指きりして、毎年来ようねって約束したのに・・・
嘘付いたら、オレをお嫁さんにしてくれるって言ったのに・・・」
カカシは幼い日の約束を思い出し、クスっと笑った。
「嘘付いたら・・・ 嘘付いたら・・・
あぁぁ・・・ 何にしようかな・・・ 先生・・・」
カカシは、頭の上の満開の桜を仰ぎ見た。
はらはらと舞い落ちる桜の花びらをそっと手ですくった。
(先生・・・ オレはここにいるよ・・・
桜の術式見えるでしょ・・・
先生・・・ 飛んで来てよ・・・)
カカシはそっと瞳を閉じた。
先生の弾けるような笑顔が目に浮かんだ。
初めて、ここに連れて来て貰った時の事・・・
それから、毎年、必ず二人で訪れた。
最後の年は、飛雷神の術を教わって・・・
ここで・・・
あの約束を交わし・・・
そして・・・
桜の下で、先生に抱かれた・・・
あの時の先生の嬉しそうな顔を思い出すと・・・
カカシは身体が熱くなってくる・・・
愛しそうに地面を撫でて・・・
思わず、ベルトに手を伸ばす。
せ・・・ ん・・・ せ・・・ ぇ・・・
何年経っても、先生に抱かれた所に来ると、体が疼いてしまう。
まるで、昨日のことのように思い出してしまうのだ。
先生の熱い吐息が・・・
耳元に吹きかけられたような気がしてくる・・・
ふっ・・・ はぁ・・・ はぁ・・・
先生の手の動きをまだ身体が覚えている・・・
ん・・・ あっ・・・ あっ・・・
最初はこうして・・・
それから段々・・・
優しく・・・
そして、強く・・・
せっ・・・ せっ・・・ ん・・・ せぇ・・・
カカシは、地面の下で眠る先生に届けとばかりに熱い思いを放った。
それは、毎年ここに来ると繰り返される儀式のようなものになってしまった。
「はぁぁぁ・・・」
カカシは深いため息をついた。
涙が溢れそうになったのを必死で堪えた。
「あぁぁ・・・ ヤバっ・・・
オレも、もう年かな・・・ 涙腺弱くなってきたかも・・・
もう、ここに一人で来るのは止めたほうがいいかな・・・
そっだ、パックンでも呼んで話相手になってもらおうっと・・・」
カカシは胸のポッケから巻物を取り出し、素早く印を組んだ。
「口寄せの術!」
煙の中から、パックンが現れた。
「これはまた見事な桜じゃの、カカシ」
「ごめん、パックン、今日は任務じゃないんだけど、ちょっとお花見に付き合ってよ」
パックンは、四代目の写真を見て、頭を下げた。
「本当に偉大なお方だった・・・」
パックンは、懐かしそうに、写真を見つめ、遠い日を思い出した。
カカシの膝の上にちょこんと座り、カカシを見上げた。
「先生とね、よくここに来たんだよ」
「そうか・・・ 思い出の場所なんだな・・・
あれから十二年か・・・ 早いもんじゃ。
もう・・・ 時効だな・・・
よもや、空の上から、お叱りを受けることもあるまい・・・」
「ん? 何の話?」
カカシは不思議そうに小首を傾げてパックンを見た。
「カカシに話したら、二度と口寄せされないように、永遠に封印すると脅されていたんでな・・・」
「えぇっ! パックン、先生と何話してたのよ?」
「全く・・・ 普通では考えられないことだ・・・
ある時、呼ばれて出て行ったら、カカシではなく、なんと四代目だったんじゃ。
何か特別な任務でカカシが四代目に変化してるのかと思ったくらいだ。
あり得ないだろ? ワシもびっくりしたよ」
本来、口寄せ動物は、契約者が呼ばない限り出て行くことは不可能なのだ。
カカシの八忍犬は、カカシとしか契約していないのだから、四代目が口寄せすることは出来ない。
「へぇ〜 さすが先生だね。
それで、パックン、先生の任務もしてたんだ。
知らなかったよ・・・」
カカシは、内心、先生が自分に秘密でパックンに任務を命じていたことが、ちょっとショックだった。
「それは、それは、過酷な任務だったよ・・・」
パックンは一瞬躊躇ったが、話を続けた。
「なんせ、脅かされていたから、カカシには口が裂けても言えなかったし・・・」
「えぇ〜 何それ?」
「十三回忌も過ぎたことだし、いくら四代目でも、空の上から封印術は使えないだろう・・・」
「パックン、もう大丈夫だから教えてよ」
カカシは気になってしょうがない。
「実は・・・
カカシが暗部に入隊した時・・・
四代目は、心配で心配で、それはもう大変だったそうじゃ。
それで、ワシを呼び出して、カカシには絶対気づかれないように、カカシの任務を見張ること、もし、カカシが危険な目に遭ったら、すぐ知らせるようにと命じたんだ」
「はぁっ!? ひどっ・・・
オレって、そんな信用なかったの・・・
先生ったら・・・」
「いや、そういう意味じゃなくて、とにもかくにも、カカシが怪我しないか、襲われないかと心配で心配で仕方なかっただけだと思うが。
ワシの方は、鼻の利くカカシに自分が近くに居るのを悟られないように見守ることがどれだけ大変なことだったか。
匂いを感じられない、しかもカカシを見失わない距離を保つことにいつも苦労したもんじゃ」
「オレ一度もパックンの気配を感じたことは無かったよ・・・
パックン、悪かったね・・・ オレのために・・・ そんな苦労させちゃって・・・」
「まぁ、カカシが誤ることではない。
ワシもそれ相当の報酬は四代目からしっかり戴いてたし・・・」
「へぇ〜 そうなんだ」
「それに、ずっとという訳ではなかったんだ。
そうだな、最初の三ケ月くらいで、四代目も気が済んだのか、それ以降はもう呼び出されなくなったしな」
カカシは、先生がそこまでして自分を見守ってくれてたのかと思うと嬉しい気持ち半分と、心配を掛けていたという情けない気持ちが半分で、少し複雑な気分になってしまった。
思わず、「先生・・・」 と呼んで、空を見上げた。
すると・・・
それまで、晴れていた空が見る見るうちに急に曇りだして・・・
西の空から、真っ黒な雲がもくもくと広がり出した。
あっと言う間に、あたりは暗くなり・・・
雨がぽつりぽつりと降り始めた。
「あぁぁ・・・ 折角のお花見なのに・・・」
木の下に居るから、そんなには濡れないのだが、カカシはフォトスタンドをポーチにしまった。
次第に、雨風共に強くなって来た。
桜の花びらがはらはらと舞い散っていく。
「これじゃ、桜が可哀想だな・・・」
突然、ゴロゴロと雷の音が鳴り響いた。
「うわぁっ! こんな季節に雷?」
雷鳴が轟き、稲妻が光る。
真っ黒な空に黄色い閃光が走った。
急にパックンが震え出した。
「どうしたの? パックン、もしかして雷怖いの?」
カカシが優しく頭を撫でてあげた。
「カッ・・・ カカシ・・・ まさか・・・
さっきの話・・・ 四代目の耳に・・・
聞かれてしまったんじゃないかな・・・」
カカシはプっと吹き出した。
「ははは〜 パックンたら・・・
あぁ、確かに聞かれちゃったかもね!
先生はここの地面の下でお昼寝してるんだから、絶対聞こえてたと思うよ!」
「どうしよう・・・
永遠に封印されたら・・・」
カカシは震えの止まらないパックンを抱き上げて、
「ここに居たら、怖くなっちゃった?
じゃぁ、そろそろ帰ろうか、パックン」
「カカシ、里についたら、もう一度ワシを口寄せしてくれ。
ちゃんと呼ばれるかどうか・・・」
「はいはい、パックンたら意外と心配症なんだねぇ〜」
「なんせ、不可能を可能にする偉大な術をお持ちのお方じゃ。
空の上から、封印術を掛けることも出来そうだし・・・」
「ふふふ・・・ そうかもね・・・ 何てったって、あの先生だからね〜」
パックンは不安な顔をして、煙と共にドロンと消えて行った。
「先生・・・ 心配掛けてごめんね。
これからも、ずっと、オレを見守っててね。
残念だけど、雨も酷くなってきちゃったから、今日はこの辺で、帰ります。
また、来年来るからね!」
カカシは、桜の木の術式を愛おしそうにそっと撫でて、にっこり微笑んだ。
そして、素早く印を組み、飛雷神の術で、
春雷の空を駆け抜けて行った。
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2007/6/15